文化史シリーズ ④(古代・7世紀後半)
なぜ仏像の顔が若々しくなった?
前回(飛鳥)のつづき
- 飛鳥文化は南北朝・百済の影響を受けた「日本最初の仏教文化」だった。
- その後、大化の改新(645)→ 白村江の敗戦(663)→ 壬申の乱(672)を経て、天皇中心の国づくりが加速する。
- 国が強くなると文化も変わる。仏教は豪族のものから「国のもの」へ——それが白鳳文化。
?素朴な疑問
- 飛鳥文化も白鳳文化も仏像なのに、何がどう違う?
- なぜこの時期の作品は「若々しく明るい」と言われる?
→ カギは「律令国家の建設と、初唐(唐の初め)の文化」。
国家仏教
寺と僧を国が管理する。氏寺の仏教から国の仏教へ。
初唐の影響
遣唐使が再開され、唐の初めの明るい様式が入る。
若々しい美
興福寺仏頭・薬師三尊像。ふくらかで生命感のある顔。
今日のルート:律令国家と国家仏教 → 薬師寺・興福寺仏頭・古墳壁画 → 万葉のはじまり → 飛鳥文化と対比
ゴール=飛鳥・白鳳・天平の3つを、作品を見て言い分けられる
① 背景 ―― なぜこの文化が生まれた?
なぜ国が仏教をかかえこんだ?
天皇中心の国づくりに、仏教の力を利用したから
- 645年 大化の改新、663年 白村江の戦いで唐・新羅に敗北。国防と体制の立て直しが急務になった。
- 672年 壬申の乱に勝った天武天皇と持統天皇が、天皇の権威を高め律令国家を築いていく。
- 大官大寺・薬師寺などの官寺(国の寺)が建てられ、僧も国が管理した(=国家仏教)。
- 遣唐使が再開され、初唐の新しい様式がじかに入ってくる。
- 藤原京(694)=中国の都城制にならった最初の本格的な都。碁盤目の街路が敷かれた。
+高校「白鳳」は天武・持統朝を指す呼び名。国家仏教の中身=金光明経・仁王経の講説、僧尼令による僧の統制。政治面の八色の姓・飛鳥浄御原令・庚寅年籍と並行して進んだ点まで押さえる。
敗戦が国と文化を変えた
この時代のおもな出来事
白鳳文化は律令国家づくりの文化。飛鳥=豪族の仏教、白鳳=国家の仏教と整理する。
② かたちに見る ―― 建築・美術
薬師寺と、若々しい仏像
初唐の影響で、明るくのびやかな表現になる
- 建築薬師寺東塔=三重塔だが各層に裳階(もこし)がつき六重に見える。「凍れる音楽」と称される。
- 彫刻薬師寺金堂薬師三尊像=金銅像。均整のとれた若々しい姿。台座に西方風の文様。
- 彫刻興福寺仏頭(もと山田寺の薬師如来)=ふっくらとした若い顔。白鳳彫刻の代表。
- 絵画高松塚古墳壁画(奈良・明日香村)=女子群像。キトラ古墳壁画=四神・十二支像。
- 絵画法隆寺金堂壁画=インドのアジャンター壁画に通じる。1949年に焼損し、翌年の文化財保護法制定のきっかけ。
- 建築大官大寺・川原寺・山田寺など官寺の造営が進む。
薬師寺東塔と、顔でくらべる仏像
絵画高松塚古墳壁画キトラ古墳壁画四神法隆寺金堂壁画(1949焼損)
+高校(大学入試)白鳳彫刻は金銅像が主流(天平は塑像・乾漆像が主流)。高松塚・キトラは終末期古墳で、古墳がまだ造られていた最後の段階を示す。薬師寺は藤原京の本薬師寺から平城京へ移されたか新造かで学説が分かれる。
白鳳=若々しい金銅仏と初唐の明るさ。飛鳥の「きびしい顔」との違いを、顔で覚える。
③ ことばと心 ―― 文学・学問・宗教・芸能
万葉のはじまりと国史の編さん
白鳳文化の3本柱
天皇をたたえる歌と、国の歴史書づくりが始まる
- 文学額田王=天智・天武期の女性歌人。情熱的な歌を残した。
- 文学柿本人麻呂=天皇をたたえる荘重な長歌の名手。ともに『万葉集』初期を代表する。
- 文学漢詩文が貴族の教養になっていく(のちの『懐風藻』へ)。
- 学問天武天皇が国史の編さんを命じ、のちの『古事記』『日本書紀』の出発点となる。
- 宗教僧尼令で僧を国が管理。寺は国の保護を受け、国家の安泰を祈った。
- 生活藤原京の造営で、貴族が都に集まって住む生活が始まる。
+高校(大学入試)『万葉集』の歌人は第1期=額田王(舒明〜壬申の乱)/第2期=柿本人麻呂(〜平城京遷都)と区分される。成立は天平期だが、収録された歌は白鳳期からのもの——「作品の年代」と「本の成立年代」を区別すること。
白鳳期は「日本」という国のかたちと記録が整い始めた時代。文学も国家とともに立ち上がった。
④ となりの時代とくらべる ―― 対比
飛鳥文化と白鳳文化はどう違う?
| 観点 | 飛鳥文化 | 白鳳文化 |
|---|
| 時期 | 6世紀末〜7世紀前半 | 7世紀後半 |
| 中心人物 | 推古天皇・聖徳太子・蘇我氏 | 天武天皇・持統天皇 |
| 仏教の性格 | 氏寺の仏教(豪族の一族のため) | 国家仏教(官寺・僧尼令) |
| 影響元 | 中国南北朝・百済・高句麗 | 初唐(+朝鮮・西域) |
| 建築 | 法隆寺・飛鳥寺・四天王寺 | 薬師寺東塔・大官大寺 |
| 彫刻 | 釈迦三尊像(きびしい・左右対称) | 薬師三尊像・興福寺仏頭(若々しい) |
| 絵画 | 玉虫厨子の絵 | 高松塚・キトラ古墳壁画/法隆寺金堂壁画 |
| 文学 | 十七条の憲法・三経義疏 | 額田王・柿本人麻呂の歌 |
様式の源が変わった
まちがえやすい!×
薬師寺東塔は三重塔。裳階のせいで六重に見えるだけ。「六重塔」ではない。
×
高松塚古墳壁画は白鳳文化(7世紀末)。「古墳だから古墳文化」ではない。
×
法隆寺=飛鳥、法隆寺金堂壁画=白鳳。同じ寺でも時代が分かれる。
出入試ではこう出る(対比の出題例)
- 仏像写真2枚(釈迦三尊像/興福寺仏頭)で時代判別+理由。
- 記述「なぜ国が寺を建てたのか」→ 仏教の力で国家の安泰を祈り、天皇の権威を高めるため。
- 文化財保護法(1950)が作られたきっかけ=法隆寺金堂壁画の焼損。
白鳳は飛鳥と天平のあいだ。「国家が仏教をかかえた最初の段階」と覚えると位置が定まる。
白鳳文化=律令国家づくりと初唐の明るさ。仏教が「一族のもの」から「国のもの」へ変わった。
要入試で問われる急所
- 薬師寺東塔=三重塔・裳階・「凍れる音楽」。写真でも問われる。
- 興福寺仏頭・薬師三尊像=白鳳/釈迦三尊像=飛鳥の区別。
- 高松塚古墳壁画は7世紀末(白鳳)。年代の判断に注意。
- 法隆寺金堂壁画の焼損 → 文化財保護法制定の流れ。
次この文化はどこへつながる?
- 710年 平城京遷都で、いよいよ天平文化(→ 文化史⑤)。
- 影響元は初唐 → 盛唐へ。国際色がさらに強くなる。
- 天武天皇が命じた国史が古事記・日本書紀として完成する。
この回の重要語(これだけは言えるように)
建築・美術薬師寺東塔裳階薬師三尊像興福寺仏頭高松塚古墳壁画キトラ古墳
政治・文学天武天皇持統天皇藤原京国家仏教額田王柿本人麻呂
Q一問一答(答えは右)
1三重塔だが六重に見える塔は?薬師寺東塔
2塔の各層につく小さな屋根は?裳階(もこし)
3薬師寺東塔を称した言葉は?凍れる音楽
4もと山田寺の像で白鳳彫刻の代表は?興福寺仏頭
5女子群像で有名な古墳の壁画は?高松塚古墳壁画
6四神・十二支が描かれた古墳は?キトラ古墳
71949年に焼損した壁画は?法隆寺金堂壁画
8その翌年に制定された法律は?文化財保護法
9白鳳文化の中心となった2人の天皇は?天武天皇・持統天皇
10694年に移された中国風の都は?藤原京
11『万葉集』初期の女性歌人は?額田王
12天皇をたたえる長歌の名手は?柿本人麻呂