文化史シリーズ ⑱(現代・1945〜)
なぜ日本文化が世界へ出ていった?
前回(大正・昭和初期)のつづき
- 大正の大衆文化は、やがて戦時体制のもとで統制され、娯楽も戦争に動員された。
- 敗戦後、日本国憲法が表現の自由・学問の自由を保障し、文化は自由をとりもどす。
- テレビと高度経済成長が国民全体の文化をつくり、やがて日本から世界へ発信する側に回る。
?素朴な疑問
- なぜテレビは、これほど早く全家庭に広まった?
- なぜマンガやアニメが世界で受け入れられた?
→ カギは「民主化(自由)とテレビ・高度経済成長、そして世界への発信」。
民主化
日本国憲法と教育基本法。言論・学問・信教の自由が保障された。
テレビの時代
1953年放送開始。1964年の東京オリンピックで一気に普及。
世界へ
ノーベル賞・映画・アニメ・和食。受け取る側から発信する側へ。
今日のルート:民主化と教育改革 → テレビ・高度成長の生活 → 世界へ広がる日本文化 → 大正と対比・全時代のまとめ
ゴール=戦後文化を「自由・テレビ・世界への発信」で説明し、全18時代を通してふり返る
① 背景 ―― なぜこの文化が生まれた?
なぜ文化が自由になった?
憲法が自由を保障し、経済成長が余暇と道具を与えたから
- 敗戦後、GHQのもとで民主化が進み、日本国憲法が表現・学問・信教の自由を保障した。
- 教育基本法・学校教育法(1947)で六・三・三・四制と男女共学が始まった。
- 1953年 テレビ放送開始。1964年 東京オリンピックを機に受像機が全国へ広がる。
- 高度経済成長で「三種の神器」(白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫)が家庭に入った。
- 1949年 湯川秀樹が日本人初のノーベル賞(物理学)。科学と文学で世界的な評価を得ていく。
+高校文化財保護法(1950)は法隆寺金堂壁画の焼損(1949)がきっかけ——文化史⑤で学んだ話がここに戻ってくる。現代はアニメ・マンガ・ゲームが世界へ(クールジャパン)、和食(2013)・歌舞伎・能楽・人形浄瑠璃がユネスコ無形文化遺産に登録されている。
自由・テレビ・世界へ
この時代のおもな出来事
1950年
文化財保護法(法隆寺金堂壁画の焼損がきっかけ)
戦後文化の土台は自由(憲法)と豊かさ(高度成長)。この2つがそろって大衆文化が完成した。
② かたちに見る ―― 建築・美術
テレビと、世界に届いた作品
茶の間にテレビ。そして日本の作品が世界へ
- 生活テレビが茶の間の中心に。三種の神器(白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫)。
- 芸能映画=黒澤明『羅生門』『七人の侍』が国際映画祭で高い評価を受けた。
- 芸能マンガ・アニメ=手塚治虫『鉄腕アトム』。テレビアニメが子ども文化の中心に。
- 文学川端康成(1968)・大江健三郎(1994)=ノーベル文学賞。
- 科学湯川秀樹(1949・物理学)を皮切りに、日本の科学が世界の評価を得ていく。
- 建築丹下健三(国立代々木競技場・1964)=日本の現代建築を世界に示した。
テレビの時代と、発信への転換
生活テレビ(1953)三種の神器高度経済成長東京オリンピック(1964)新幹線団地自家用車
作品・人物黒澤明羅生門七人の侍手塚治虫鉄腕アトム川端康成大江健三郎湯川秀樹丹下健三
制度日本国憲法教育基本法六・三・三・四制文化財保護法(1950)
+高校(大学入試)高度経済成長期の生活革命=三種の神器(1950年代)→ 3C(カー・クーラー・カラーテレビ/1960年代後半)。1964年の東京オリンピックはカラー放送・新幹線・高速道路を一気に押し上げた「文化の転換点」として問われる。
戦後はテレビが全国の文化をそろえた時代。同時に、日本の作品が海を渡り始めた。
③ ことばと心 ―― 文学・学問・宗教・芸能
現代——発信する文化へ
戦後・現代の3本柱
大量消費から多様化へ。そして世界がファンになる
- 生活高度経済成長で大量生産・大量消費。スーパー・団地・自家用車が生活を変えた。
- 音楽歌謡曲・グループサウンズからJ-POPへ。カラオケは世界共通のことばになった。
- 文化アニメ・マンガ・ゲームが世界の若者に受け入れられる(クールジャパン)。
- 文化和食(2013)・和紙・歌舞伎・能楽・人形浄瑠璃がユネスコ無形文化遺産に。
- 学問文化財保護法(1950)で古い文化財を守るしくみが整った(法隆寺金堂壁画の焼損がきっかけ)。
- 生活1970年代以降は好みが多様化。インターネットでだれもが発信者になる時代へ。
現代文化アニメマンガゲームクールジャパンJ-POPカラオケ
世界の評価ユネスコ無形文化遺産和食(2013)和紙歌舞伎能楽人形浄瑠璃ノーベル賞
社会大量生産・大量消費スーパー団地自家用車インターネット多様化
+高校(大学入試)文化史を通して見ると、日本文化は①外から取り入れる → ②日本風に作りかえる → ③外へ出すのくり返し。飛鳥(仏教)・天平(唐)・国風(和様化)・桃山(南蛮)・明治(西洋)・戦後(発信)を、この3段階で説明できると強い。
現代の文化は自由・多様・発信。全18時代の最後に、日本は文化を「出す側」になった。
④ となりの時代とくらべる ―― 対比
大正・昭和初期と戦後・現代はどう違う?
| 観点 | 大正・昭和初期 | 戦後・現代 |
|---|
| 政治・自由 | 大正デモクラシー → 戦時統制 | 日本国憲法で自由が保障される |
| メディア | ラジオ・映画・雑誌 | テレビ → インターネット |
| 担い手 | 都市の大衆 | 国民全体(テレビはほぼ全世帯へ) |
| 生活 | 文化住宅・洋食の広がり | 三種の神器・団地・自家用車 |
| 教育 | 義務教育6年 | 六・三・三・四制・男女共学 |
| 文化の向き | 欧米から取り入れる | 世界へ発信する(アニメ・和食・映画) |
| 代表 | 円本・キング・蟹工船 | 鉄腕アトム・黒澤映画・ノーベル賞 |
流れが逆になった
まちがえやすい!×
戦時中(1930年代後半〜45)は文化が統制された空白期。大正の自由と戦後の自由は連続していない。
×
テレビ放送開始=1953年/東京オリンピック=1964年。混同しやすい2つの年。
×
文化財保護法(1950)のきっかけは法隆寺金堂壁画の焼損。白鳳文化の回とつながる。
出入試ではこう出る(対比の出題例)
- 記述「戦後に文化が自由になった理由」→ 日本国憲法が表現の自由・学問の自由を保障したから。
- 年号(1953テレビ・1964東京オリンピック・1949湯川秀樹)。
- ユネスコ無形文化遺産に登録された日本の文化の例(和食・歌舞伎・能楽)。
戦後・現代は自由とテレビが国民全体の文化をつくり、日本が発信者になった時代。
⑤ まとめ ―― ここが問われる
戦後・現代の急所と全18時代のまとめ
戦後・現代=自由(憲法)・テレビ・世界への発信。ここで文化史は一周し、日本は出す側になった。
要入試で問われる急所
- 1953年テレビ放送・1964年東京オリンピックの2つの年号。
- 記述「戦後に文化が自由になった理由」=日本国憲法の保障。
- 湯川秀樹(1949)・川端康成(1968)のノーベル賞。
- 文化財保護法(1950)と法隆寺金堂壁画のつながり(文化史④とセット)。
次この文化はどこへつながる?
- 文化史は「その時代の担い手はだれか」で全部つながる=貴族 → 武士 → 町人 → 庶民 → 大衆 → 国民。
- もう一つの軸は外来と日本風のくり返し=取り入れる → 作りかえる → 出す。
- 各回の4ページ目(対比表)だけを続けて読むと、18時代が一本の線になる。
この回の重要語(これだけは言えるように)
戦後日本国憲法教育基本法六・三・三・四制テレビ(1953)三種の神器東京オリンピック(1964)高度経済成長
人物・作品湯川秀樹川端康成大江健三郎黒澤明七人の侍手塚治虫鉄腕アトム丹下健三文化財保護法ユネスコ無形文化遺産
Q一問一答(答えは右)
1表現の自由を保障した法は?日本国憲法
21947年に始まった学校制度は?六・三・三・四制
3テレビ放送が始まった年は?1953年
4テレビ普及のきっかけとなった1964年の行事は?東京オリンピック
5白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫をまとめて?三種の神器
6日本人初のノーベル賞受賞者は?湯川秀樹
71968年にノーベル文学賞を受けたのは?川端康成
8『七人の侍』の映画監督は?黒澤明
9『鉄腕アトム』の作者は?手塚治虫
10国立代々木競技場を設計したのは?丹下健三
111950年に制定された文化財の法は?文化財保護法
122013年に無形文化遺産になった日本の食文化は?和食