文化史シリーズ ⑦(古代・10〜11世紀)
なぜかな文字が生まれた?
前回(弘仁・貞観)のつづき
  • 弘仁・貞観文化は唐風がいちばん濃い時期だった。貴族の教養は漢詩文。
  • ところが894年、菅原道真の意見で遣唐使が停止される(唐の衰えと航海の危険)。
  • 新しい文化が入らなくなると、すでに取り入れた文化が日本の風土に合うよう作りかえられる——それが国風文化。

?素朴な疑問

  • 漢字があるのに、なぜ「かな文字」が必要になった?
  • なぜこの時期、女性の書いた文学が次々に生まれた?
→ カギは「遣唐使の停止と、摂関政治の貴族社会」。
原始古代中世近世近代・現代縄文・弥生古墳飛鳥白鳳天平弘仁・貞観国風いまここ10〜11世紀院政期鎌倉北山東山桃山寛永期元禄化政明治大正戦後
かな文字
漢字をくずしてひらがな・かたかなへ。日本語の音をそのまま書ける。
日本風
寝殿造・大和絵・十二単。風土と好みに合わせて作りかえた。
浄土信仰
末法の不安から、阿弥陀仏にすがって極楽往生を願う。
今日のルート:遣唐使停止と貴族の生活 → 寝殿造・寄木造・阿弥陀堂 → かな文学と浄土信仰 → 弘仁・貞観と対比
ゴール=国風文化を「日本風に作りかえた文化」として説明し、かな文学の作品と作者を言える
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① 背景 ―― なぜこの文化が生まれた?
なぜ文化が日本風に変わった?
新しい文化が入らなくなり、手元の文化を作りかえたから
  • 894年菅原道真の意見で遣唐使を停止。907年に唐は滅び、大陸文化の流入がとまる。
  • 貴族は摂関政治のもとで京都に定住し、儀式と年中行事を中心に暮らした(藤原道長・頼通の全盛)。
  • これまで取り入れた文化を、日本の風土・生活・感情に合う形へ作りかえた=国風文化。
  • 末法思想(1052年から末法に入るとされた)が広まり、浄土信仰が盛んになる。
  • 貴族の生活は物忌み・方違えなど迷信にも縛られ、その日々の観察が文学を生んだ。
+高校国風文化は「唐風の否定」ではなく消化・和様化。書も唐様 → 和様へ(三跡=小野道風・藤原佐理・藤原行成)。浄土教の系譜=空也(市聖)の京での念仏 → 源信『往生要集』 → 慶滋保胤『日本往生極楽記』。
遣唐使をやめたら、何が起きたか
遣唐使の停止(894)新しい大陸文化が入らなくなる貴族が都に定住摂関政治・儀式と年中行事の日々文化を日本風に作りかえるかな文字・寝殿造・大和絵末法の不安 → 浄土信仰阿弥陀堂・阿弥陀如来像外から入れる文化 → 内で育てる文化へ=国風(和風)文化
この時代のおもな出来事
894年
菅原道真の意見で遣唐使を停止
905年
古今和歌集』=最初の勅撰和歌集
1000年ごろ
枕草子』『源氏物語』が書かれる
1052年
この年から末法に入るとされた(末法思想)
1053年
藤原頼通平等院鳳凰堂を建てる
国風文化は「日本風に作りかえた文化」。きっかけは894年の遣唐使停止と、都に定住した貴族の生活。
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② かたちに見る ―― 建築・美術
寝殿造と阿弥陀堂
白木・檜皮・広い庭。仏像は寄木造で穏やかに
  • 建築寝殿造=貴族の住宅。白木の柱・檜皮ぶき、南に池のある庭。間仕切りはふすま・びょうぶ
  • 建築平等院鳳凰堂(1053・藤原頼通・宇治)=極楽浄土をこの世に写した阿弥陀堂。10円硬貨の絵柄。
  • 彫刻平等院鳳凰堂阿弥陀如来像定朝作。おだやかで和様の完成形。
  • 彫刻寄木造=体を部分ごとに彫って組み合わせる。分業でたくさん作れるようになった。
  • 絵画大和絵=日本の風景・風俗をやわらかな線と色で描く(中国風の「唐絵」に対する語)。
  • 工芸蒔絵・螺鈿の調度品(片輪車蒔絵螺鈿手箱など)。屛風・障子に大和絵を描いた。
  • 生活服装は男性が束帯、女性が女房装束(十二単)。食事・住まいも日本風に。
寝殿造と、かな文字の生まれ方
寝殿造(貴族の住まい・上から見た配置) 寝殿(主人) 対屋 対屋 渡り廊下でつなぐ 池のある庭(南庭) 釣殿 白木の柱・檜皮ぶき/間仕切りはふすま・びょうぶ たたみは座る所だけ(部屋いっぱいに敷かない) → 室町の書院造とここが違う かな文字の生まれ方 ひらがな (くずして) かたかな (一部を取る) 日本語の音をそのまま書ける → 感情をこまやかに表せる → 女性による文学が花ひらく
建築
寝殿造檜皮ぶき平等院鳳凰堂阿弥陀堂法成寺
彫刻
寄木造定朝阿弥陀如来像和様
絵画・生活
大和絵蒔絵螺鈿束帯十二単年中行事
+高校(大学入試)寄木造は分業と量産を可能にし、藤原道長の法成寺のような大量造仏にこたえた。浄土教美術は阿弥陀堂+阿弥陀如来像+来迎図がセット。定朝の作風を定朝様という。
建築は寝殿造、彫刻は寄木造(定朝)。どちらもおだやかな日本風が共通点。
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③ ことばと心 ―― 文学・学問・宗教・芸能
かな文学の全盛と浄土信仰
国風文化の作品と作者
種類作品作者
和歌古今和歌集(905・最初の勅撰和歌集)紀貫之
随筆枕草子(「春はあけぼの」)清少納言
物語源氏物語(長編・光源氏の物語)紫式部
日記土佐日記(かなで書いた日記)紀貫之
物語竹取物語(現存最古の物語)/伊勢物語(歌物語)未詳
仏教書往生要集(極楽往生の方法を説く)源信
※ 女性の作者が並ぶのはかな文字があったから。漢文は男性の公的な文字だった。
かな文字ができて、心の動きが書けるようになった
  • 文学古今和歌集』(905)=最初の勅撰和歌集紀貫之らが撰び、かなの仮名序を書いた。
  • 文学枕草子』=清少納言の随筆。「春はあけぼの」。中宮定子に仕えた。
  • 文学源氏物語』=紫式部の長編物語。中宮彰子に仕えた。世界最古の長編小説とも言われる。
  • 文学竹取物語』(現存最古の物語)/『伊勢物語』/『土佐日記』(紀貫之)。
  • 宗教浄土信仰=「南無阿弥陀仏」と唱え極楽往生を願う。空也が京で広め、源信が『往生要集』を著した。
  • 学問三跡小野道風・藤原佐理・藤原行成。和様の書の名手。
  • 芸能神楽・田楽・猿楽が育ち、のちの能・狂言につながる芽になる。
文学
古今和歌集枕草子源氏物語土佐日記竹取物語伊勢物語仮名序
人物
紀貫之清少納言紫式部六歌仙在原業平小野小町
宗教・書
浄土信仰南無阿弥陀仏空也源信往生要集三跡
+高校(大学入試)『古今和歌集』の歌風は技巧的・繊細で「たわやめぶり」、『万葉集』の「ますらをぶり」と対にされる。かなの成り立ち=ひらがな=漢字の草書をくずす/かたかな=漢字の一部を取る六歌仙も頻出。
かな文字が日本語をそのまま書けるようにした。だから女性の手で、心のこまやかな文学が生まれた。
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④ となりの時代とくらべる ―― 対比
弘仁・貞観文化国風文化はどう違う?
観点弘仁・貞観文化国風文化
時期9世紀(平安初期)10〜11世紀(摂関政治期)
外交遣唐使あり=唐風の全盛894年 遣唐使停止 → 日本風へ
文字漢字・漢文が中心かな文字の発達
文学勅撰漢詩集(凌雲集ほか)勅撰和歌集(古今和歌集)・かな文学
宗教密教(加持祈祷)浄土信仰(念仏・極楽往生)
建築山岳寺院(室生寺)寝殿造・平等院鳳凰堂
彫刻一木造・翻波式(神秘的)寄木造・定朝(おだやか)
三筆(唐様)三跡(和様)
境目は894年
唐風(漢字・密教)日本風(かな・浄土)遣唐使の停止で天びんが傾いた
まちがえやすい!
×
万葉集=天平/古今和歌集=国風。「和歌集」でまとめない。
×
三筆=弘仁(唐様)/三跡=国風(和様)。名前も時代も別。
×
寝殿造=平安貴族の住宅/書院造=室町(東山文化)。たたみの敷き方が判別点。

入試ではこう出る(対比の出題例)

唐風から日本風へ。「かな・和歌・浄土・寝殿造・寄木造」の5語がそろえば国風文化。
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⑤ まとめ ―― ここが問われる
国風文化の急所
国風文化=遣唐使停止のあと、日本の風土と感情に合わせて作りかえた文化。かな文字がその象徴。

入試で問われる急所

  • 作品と作者の組み合わせが最頻出。かな文学は表で覚える。
  • 記述「なぜ阿弥陀堂が建てられたか」→ 末法の不安から極楽往生を願ったから。
  • 寝殿造の特徴(白木・檜皮ぶき・池のある庭・ふすまで仕切る)。
  • 寄木造=定朝大和絵三跡の語を書けるようにする。

この文化はどこへつながる?

  • 院政が始まると、文化の担い手が武士・庶民・地方へ広がる(→ 文化史⑧)。
  • 浄土信仰はさらに広まり、鎌倉の新しい仏教を生む土台になる。
  • かな文学の流れは『大鏡』『平家物語』『徒然草』へ受けつがれる。
この回の重要語(これだけは言えるように)
文学
古今和歌集枕草子源氏物語土佐日記紀貫之清少納言紫式部
美術・宗教
寝殿造平等院鳳凰堂寄木造定朝大和絵浄土信仰往生要集三跡

Q一問一答(答えは右)

1894年に遣唐使の停止を進言したのは?菅原道真
2最初の勅撰和歌集は?古今和歌集
3『枕草子』の作者は?清少納言
4『源氏物語』の作者は?紫式部
5紀貫之がかなで書いた日記は?土佐日記
6貴族の住宅の様式は?寝殿造
7藤原頼通が建てた阿弥陀堂は?平等院鳳凰堂
8その阿弥陀如来像を作った仏師は?定朝
9体を分けて彫り組み合わせる技法は?寄木造
10日本の風景を描いた絵画を何という?大和絵
11極楽往生を願う信仰は?浄土信仰
12源信が著した仏教書は?往生要集
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