文化史シリーズ ⑫(近世・16世紀後半)
なぜ城が豪華になった?
前回(東山)のつづき
- 東山文化は、戦乱の中で簡素なわび・さびを深めた文化だった。
- その後、織田信長・豊臣秀吉が天下統一を進め、大名と豪商に富が集まる。
- 新しい支配者の富と力を見せる、豪華で壮大な文化=桃山文化。さらに南蛮文化が加わる。
?素朴な疑問
- なぜ城の天守はあれほど高く、内部は金色なのか?
- 豪華な時代なのに、なぜ二畳の茶室(わび茶)が生まれた?
→ カギは「大名・豪商の富(豪華・壮大・現世的)+南蛮文化」。
豪華・壮大
天守をもつ城、金地の濃絵。支配者の力を目に見せる。
南蛮文化
キリスト教とともに西洋の品・言葉・技術・印刷術が入る。
わび茶の大成
千利休。豪華の反対側で、簡素の美も極まった。
今日のルート:天下統一と富 → 城・障壁画・茶室 → 南蛮文化と庶民の芸能 → 東山と対比
ゴール=桃山文化の「豪華」と「わび」の二面性を説明でき、南蛮文化の内容を言える
① 背景 ―― なぜこの文化が生まれた?
なぜ豪華で現世的な文化になった?
天下統一で富が集まり、寺の力がおさえられたから
- 織田信長が安土城、豊臣秀吉が大阪城・伏見城(桃山)を築く。天守が権力の象徴になった。
- 信長・秀吉は寺院の力をおさえた。そのため文化は仏教色がうすく、人間中心・現世的になる。
- 大名と豪商(堺・博多)が富を持ち、豪華な生活文化を支えた。
- 南蛮貿易でヨーロッパの品・技術・言葉が流れこむ(鉄砲・時計・パン・カルタ)。
- 同時に千利休がわび茶を大成。豪華と簡素が同時に極まったのが桃山の面白さ。
+高校桃山文化=新興大名・豪商が担い手/豪壮・華麗・現世的。南蛮文化の中身=活字印刷術(キリシタン版・天草版)、南蛮屏風、宣教師の学校(セミナリオ・コレジオ)、天正遣欧使節(1582)。
富と海外が文化を変えた
この時代のおもな出来事
1582年
天正遣欧使節が九州の大名によって派遣される
桃山文化は豪華・壮大・現世的。仏教から離れ、この世の富と人間を主題にした文化。
② かたちに見る ―― 建築・美術
城と障壁画、そして茶室
天守と金地の絵で力を見せ、二畳の茶室で心を見る
- 建築城=安土城(信長)・大阪城・伏見城(秀吉)・姫路城。天守と石垣をもつ壮大な建築。
- 建築書院造を発展させた城の御殿。都久夫須麻神社本殿・西本願寺飛雲閣。
- 建築茶室=妙喜庵待庵(千利休・二畳)=わびの極致。
- 絵画障壁画(ふすま絵・屏風絵)=濃絵=金地に濃い色。狩野永徳『唐獅子図屏風』『洛中洛外図屏風』。
- 絵画狩野山楽(松鷹図)ら狩野派が城や寺の御殿を飾った。
- 絵画長谷川等伯『松林図屏風』=水墨で霧の松林を描く。豪華の対極にある静けさ。
- 工芸有田焼・唐津焼・萩焼など(朝鮮出兵で渡来した陶工の技術)。高台寺蒔絵。
天守と、桃山の両極
建築安土城大阪城姫路城天守石垣西本願寺飛雲閣妙喜庵待庵
絵画濃絵狩野永徳唐獅子図屏風洛中洛外図屏風狩野山楽長谷川等伯松林図屏風
工芸・茶千利休わび茶有田焼唐津焼高台寺蒔絵北野大茶湯
+高校(大学入試)障壁画は金碧障壁画(濃絵)と水墨障壁画の2系統。狩野派=元信 → 永徳 → 山楽 → (江戸)探幽の流れ。茶室は草庵茶室と呼ばれ、にじり口・小さな窓で身分を消す空間。利休は秀吉に切腹を命じられた。
桃山は城の天守と金の濃絵。その裏で二畳の茶室——両極が同時に成立した。
③ ことばと心 ―― 文学・学問・宗教・芸能
南蛮文化と庶民の芸能
南蛮文化で入ったもの
ヨーロッパが直接入り、庶民の芸能が花ひらく
- 生活南蛮文化=ポルトガル・スペイン由来。パン・カステラ・カッパ・タバコ・カルタ・時計など言葉も残る。
- 学問宣教師が活字印刷術を伝え、キリシタン版(天草版)が印刷された(ローマ字の『平家物語』など)。
- 学問南蛮寺(教会)・セミナリオ・コレジオが建てられ、西洋の学問・医学・天文が伝わった。
- 絵画南蛮屏風=南蛮船や宣教師を描いた屏風。西洋画の技法を学んだ画家も現れた。
- 芸能出雲阿国のかぶきおどり=のちの歌舞伎のはじまり。
- 音楽三味線が伝わり、人形浄瑠璃(浄瑠璃+三味線+人形)が生まれた。小歌(隆達節)も流行。
- 生活衣服は小袖が一般化し、木綿が広まる。庶民の生活も豊かになった。
南蛮南蛮文化活字印刷術キリシタン版天草版南蛮寺セミナリオコレジオ南蛮屏風
芸能出雲阿国かぶきおどり三味線人形浄瑠璃隆達節小袖
+高校(大学入試)天正遣欧使節(1582・大友・大村・有馬)は少年4人をローマへ送り、帰国時に活字印刷機を持ち帰った。かぶきおどりは女性が男装して踊る風俗芸で、のちに禁止され野郎歌舞伎へ(元禄の歌舞伎につながる)。
南蛮文化はキリスト教とセットで入った。庶民の芸能(かぶきおどり・人形浄瑠璃)もこの時代に始まる。
④ となりの時代とくらべる ―― 対比
東山文化と桃山文化はどう違う?
| 観点 | 東山文化 | 桃山文化 |
|---|
| 時期 | 15世紀後半(応仁の乱後) | 16世紀後半(信長・秀吉) |
| 担い手 | 将軍・禅僧・庶民 | 新興の大名・豪商(堺・博多) |
| 性格 | 簡素・わびさび・禅の精神 | 豪華・壮大・現世的(仏教色がうすい) |
| 建築 | 銀閣・書院造・枯山水 | 城(天守)・御殿・茶室(待庵) |
| 絵画 | 水墨画(雪舟) | 濃絵(狩野永徳)/松林図(長谷川等伯) |
| 外国 | 明(水墨画・唐物) | 南蛮=ヨーロッパ(キリスト教・印刷術) |
| 芸能 | 能・わび茶(珠光)・連歌 | かぶきおどり・人形浄瑠璃・三味線 |
| 茶 | わび茶の始まり(村田珠光) | わび茶の大成(千利休) |
ふり幅の大きさ
まちがえやすい!×
村田珠光=東山(わび茶の始め)/千利休=桃山(大成)。武野紹鴎はその間。
×
狩野正信・元信=東山(狩野派のおこり)/狩野永徳=桃山(濃絵)。
×
かぶきおどり(桃山・出雲阿国)と歌舞伎(元禄で完成)は別段階。
出入試ではこう出る(対比の出題例)
- 城の写真+「なぜ天守を高くしたのか」→ 支配者の権威を見せるため。
- 南蛮文化で入った語(パン・カステラ・カルタ)からどの国由来かを答えさせる。
- 記述「桃山文化の特徴」→ 豪華・壮大で、仏教色がうすく現世的。
桃山は「見せる文化」。城と濃絵で力を示し、その裏で茶室が心を映す。両方書けて満点。
桃山文化=大名・豪商の富による豪華壮大な文化+南蛮文化。同時にわび茶が大成した。
要入試で問われる急所
- 記述「桃山文化の特徴」→ 豪華・壮大・現世的(仏教色がうすい)。
- 狩野永徳=唐獅子図屏風(濃絵)/長谷川等伯=松林図屏風(水墨)の対比。
- 千利休=わび茶の大成・妙喜庵待庵。
- 南蛮文化の具体例(活字印刷術・南蛮屏風・パン・カルタ)。
次この文化はどこへつながる?
- 江戸幕府が開かれ、まず寛永期の文化(→ 文化史⑬)。桃山の勢いが受けつがれる。
- かぶきおどりは歌舞伎へ、人形浄瑠璃は近松門左衛門の作品へ実る(元禄文化)。
- キリスト教は禁教・鎖国により断たれ、南蛮文化は途絶える。
この回の重要語(これだけは言えるように)
建築・美術安土城大阪城姫路城天守濃絵狩野永徳唐獅子図屏風長谷川等伯松林図屏風妙喜庵待庵
南蛮・芸能南蛮文化活字印刷術キリシタン版南蛮屏風千利休出雲阿国かぶきおどり人形浄瑠璃三味線
Q一問一答(答えは右)
1信長が琵琶湖のほとりに築いた城は?安土城
2秀吉が築いた大坂の城は?大阪城
3城の中心にそびえる建物は?天守
4金地に濃い色で描いた絵を何という?濃絵
5『唐獅子図屏風』を描いたのは?狩野永徳
6『松林図屏風』を描いたのは?長谷川等伯
7わび茶を大成した人物は?千利休
8利休が造ったとされる二畳の茶室は?妙喜庵待庵
9ヨーロッパから伝わった文化を何という?南蛮文化
10宣教師が伝えた印刷の技術は?活字印刷術
11かぶきおどりを始めた女性は?出雲阿国
12三味線を用いた人形の芸能は?人形浄瑠璃