文化史シリーズ ⑯(近代・1868〜1912)
なぜ町が洋服とレンガに変わった?
前回(化政)のつづき
- 化政文化は江戸の庶民が担った、鎖国のもとで熟した文化だった。
- 開国(1854)と明治維新(1868)で、政府は富国強兵・殖産興業を掲げ欧米に追いつこうとする。
- 生活も学問も一気に西洋化=文明開化。そしてその反動として、伝統が見直される。
?素朴な疑問
- なぜ政府は服装や暦まで西洋式に変えた?
- 西洋化の時代に、なぜ日本画が復興したのか?
→ カギは「欧米に追いつく近代化(文明開化)と、その反動としての伝統の再評価」。
文明開化
洋服・ざんぎり頭・レンガ造・ガス灯・鉄道・太陽暦。
学問の輸入
福沢諭吉『学問のすゝめ』。学制で小学校が全国に。
伝統の再評価
フェノロサ・岡倉天心が日本美術を守り、日本画が復興。
今日のルート:文明開化の中身 → レンガの街・洋画と日本画 → 近代文学と科学 → 化政文化と対比
ゴール=明治の文化を「前半=欧化/後半=伝統の再評価」の二段構えで説明できる
① 背景 ―― なぜこの文化が生まれた?
なぜ政府が生活まで変えた?
欧米に追いつくことが国家の最優先だったから
- 1868年 明治維新。政府は富国強兵・殖産興業を進め、制度も生活も西洋にならった。
- 都市の生活が急変=文明開化。洋服・ざんぎり頭・牛鍋・ガス灯・レンガ造・鉄道(1872)・太陽暦。
- 1872年 学制で小学校を全国に設置。のち教育勅語(1890)が国家主義的な道徳を示した。
- お雇い外国人が技術と学問を伝え、大学や研究機関が整えられた。
- しかし西洋一辺倒への反省も生まれ、フェノロサ・岡倉天心が日本美術の価値を訴えた。
+高校明治の文化は前半=欧化(文明開化・啓蒙思想・鹿鳴館)/後半=国粋・伝統の再評価の二段構え。宗教では神仏分離令(1868)→ 廃仏毀釈で多くの仏像・寺が壊され、キリスト教解禁(1873)が行われた。文明開化は都市が中心で、農村の生活の変化はゆるやかだった点も問われる。
江戸から明治へ、街が変わる
この時代のおもな出来事
1872年
福沢諭吉『学問のすゝめ』が大ベストセラーに
1887年
東京美術学校設立(岡倉天心・フェノロサ)
明治の文化は国家がひっぱった近代化。だから制度・生活・学問がまとめて変わった。
② かたちに見る ―― 建築・美術
レンガの街と、洋画・日本画
西洋を学びつつ、日本画も甦る
- 建築レンガ造の洋風建築。銀座煉瓦街、鹿鳴館(コンドル設計)。ガス灯と馬車の街並み。
- 絵画洋画=黒田清輝『湖畔』(明るい外光派)、高橋由一『鮭』。
- 絵画日本画=狩野芳崖『悲母観音』、橋本雅邦。フェノロサ・岡倉天心が復興を主導。
- 彫刻高村光雲『老猿』(木彫の伝統)/荻原守衛(西洋彫刻)。
- 音楽滝廉太郎『荒城の月』『花』。学校で唱歌が教えられた。
- 生活太陽暦で1日24時間・日曜休みに。新聞・雑誌が世論をつくるようになった。
文明開化と「二段構え」
文明開化文明開化レンガ造ガス灯ざんぎり頭牛鍋太陽暦鉄道鹿鳴館
美術黒田清輝湖畔高橋由一狩野芳崖悲母観音フェノロサ岡倉天心高村光雲
音楽・教育滝廉太郎荒城の月唱歌学制教育勅語東京美術学校
+高校(大学入試)フェノロサ(アメリカ人)と岡倉天心は東京美術学校を設立し、のち日本美術院を興した。廃仏毀釈で文化財が失われたことが、のちの古社寺保存法(1897)→ 文化財保護法(1950)へつながる。
明治の美術は洋画と日本画が並び立つ。西洋化と伝統の再評価が同時に起きた証拠。
③ ことばと心 ―― 文学・学問・宗教・芸能
近代文学と世界に届いた科学
明治の人物と業績
| 分野 | 人物 | 代表作・業績 |
| 小説 | 坪内逍遥/二葉亭四迷 | 小説神髄(写実主義)/浮雲(言文一致) |
| 小説 | 森鷗外/夏目漱石 | 舞姫/吾輩は猫である・こころ |
| 小説・詩歌 | 樋口一葉/与謝野晶子/正岡子規 | たけくらべ/みだれ髪/俳句・短歌の革新 |
| 洋画 | 黒田清輝/高橋由一 | 湖畔/鮭 |
| 日本画 | 狩野芳崖/橋本雅邦 | 悲母観音(フェノロサ・岡倉天心が復興) |
| 音楽・彫刻 | 滝廉太郎/高村光雲 | 荒城の月・花/老猿 |
| 科学 | 北里柴三郎/志賀潔/野口英世 | 破傷風の治療法/赤痢菌/黄熱病の研究 |
話し言葉で書く小説と、世界水準の研究
- 学問福沢諭吉『学問のすゝめ』=「天は人の上に人を造らず」。中江兆民=ルソーを紹介。
- 学問明六社=森有礼・福沢らの啓蒙団体。『明六雑誌』で西洋思想を広めた。
- 文学坪内逍遥『小説神髄』=写実主義/二葉亭四迷『浮雲』=言文一致(話し言葉で書く)。
- 文学森鷗外『舞姫』、夏目漱石『吾輩は猫である』『こころ』。樋口一葉『たけくらべ』。
- 文学島崎藤村『破戒』(自然主義)、与謝野晶子『みだれ髪』、正岡子規(俳句・短歌の革新)。
- 科学北里柴三郎(破傷風)、志賀潔(赤痢菌)、野口英世(黄熱病)、長岡半太郎(原子模型)。
文学言文一致二葉亭四迷坪内逍遥森鷗外夏目漱石樋口一葉与謝野晶子正岡子規島崎藤村
+高校(大学入試)文学の流れ=写実主義(逍遥・二葉亭)→ ロマン主義(鷗外・一葉・晶子)→ 自然主義(藤村・田山花袋)→ 反自然主義(漱石・鷗外後期)。言文一致は「書き言葉と話し言葉を一致させる運動」で、現在の日本語の文章の出発点。
明治は日本語の文章と近代科学が立ち上がった時代。今の私たちの文章はここから始まる。
④ となりの時代とくらべる ―― 対比
化政文化と明治の文化はどう違う?
| 観点 | 化政文化 | 明治の文化 |
|---|
| 時期 | 19世紀前半(鎖国下) | 1868〜1912(開国後) |
| 社会 | 身分制・鎖国 | 四民平等・開国 |
| 担い手 | 江戸の庶民 | 政府・知識人+都市の市民 |
| 思想・学問 | 国学・蘭学 | 西洋思想(自由・平等)・近代科学 |
| 絵画 | 浮世絵(錦絵) | 洋画と日本画が並び立つ |
| 生活 | 和装・太陰暦・かご | 洋服・太陽暦・鉄道・ガス灯 |
| 文学 | 滑稽本・読本・川柳 | 言文一致の近代小説 |
| 教育 | 寺子屋・藩校 | 学制による小学校・大学 |
西洋が「基準」になる
まちがえやすい!×
文明開化は都市が中心。農村の生活はすぐには変わらなかった。
×
黒田清輝=洋画/狩野芳崖=日本画。同じ明治でも系統が別。
×
フェノロサ・岡倉天心は「西洋を広めた人」ではなく日本美術を守った人。
出入試ではこう出る(対比の出題例)
- 記述「文明開化とは」→ 明治初期に西洋の文物・制度・生活様式が急速に取り入れられたこと。
- 言文一致の意味を説明させる問題(話し言葉に近い文章で書くこと)。
- 浮世絵がヨーロッパの印象派に影響を与えたこと(ジャポニスム)。
明治は前半=欧化、後半=伝統の再評価。この二段構えで書けば記述はほぼ満点。
明治の文化=国家主導の近代化(文明開化)と、その反動としての伝統の再評価。
要入試で問われる急所
- 文明開化の具体例(洋服・ざんぎり頭・レンガ造・ガス灯・太陽暦・鉄道)。
- 福沢諭吉『学問のすゝめ』の書き出しと意味。
- 言文一致=二葉亭四迷、写実主義=坪内逍遥。
- フェノロサ・岡倉天心による日本美術の復興。
次この文化はどこへつながる?
- 教育とメディアの普及で、文化が大衆のものになる(→ 文化史⑰)。
- ラジオ・映画・円本が登場し、全国が同じ文化を共有し始める。
- 大正デモクラシーの自由な空気の中で、文学や思想が多様化する。
この回の重要語(これだけは言えるように)
文明開化文明開化ざんぎり頭レンガ造ガス灯太陽暦鉄道学制教育勅語鹿鳴館
人物福沢諭吉中江兆民坪内逍遥二葉亭四迷森鷗外夏目漱石樋口一葉黒田清輝狩野芳崖岡倉天心北里柴三郎滝廉太郎
Q一問一答(答えは右)
1明治初期の急速な西洋化を何という?文明開化
21872年に始まった教育制度は?学制
3同じ年に開通した鉄道の区間は?新橋〜横浜
4『学問のすゝめ』の著者は?福沢諭吉
5話し言葉に近い文章で書くことを?言文一致
6『浮雲』を書いたのは?二葉亭四迷
7『舞姫』を書いたのは?森鷗外
8『吾輩は猫である』を書いたのは?夏目漱石
9『湖畔』を描いた洋画家は?黒田清輝
10日本美術の復興に力を尽くした2人は?フェノロサ・岡倉天心
11破傷風の治療法を発見したのは?北里柴三郎
12『荒城の月』を作曲したのは?滝廉太郎